心配だと思うのは信じきれていない証拠である。
子どものことが心配な時ってありませんか?
それって子どもを信じきれてない時なんです。
衝撃ですよね。
僕自身子どもがなにかにチャレンジしていく時にはよく心配だな~とか思っていました。(^^;;
「心配だと言うのは信じれないと言っているのと同じ。」
累計納税額日本一の斎藤一人さんが教えてくださった言葉です。
初めて聞いた時には衝撃が走りました。
でも、考えてみるとその通りなんですよ。
心配な時って、失敗するんじゃないかな~とか怪我してしまうんじゃないかな~とか思ってる時だと思うんですよね。
でも、子どもも馬鹿じゃありません。
転びそうになったら手で支えようとします。
同じやり方で何回かうまくいかない時はやり方を変えたり、助けを求めたりします。
ついつい大人の目線で口を挟んだり手助けしてしまいがちですが、
子どもは彼らなりに自分の頭で考えて行動しているんですよね。
僕たち親は、子どもが何不自由なくチャレンジできる環境を作って見守るのが正解なのかなと最近思うようになりました。
ですので最近は心配だぁと思いそうな時には何が心配なのか自問自答して、不安要素を先回りして取り除いてます。
子どもが椅子に登った時には、落ちた時に頭が当たるものがないかなどを見るようになりました。
そういう風になるべく子どもの行動に制限をかけないようにすることで、子ども達ものびのびと育ってきてくれているように感じます。
まとめ
人を信用するというのは難しいものです。
でも、子どもを信じたいというのもまた本心ですよね。
また、親から信じられていると子供が感じることができたなら子どもにとってもいいことですよね。
信用と心配は共存しません。
ならば、親として子どもたちを信じて生きていきたいなと思う今日この頃でした。